#4 あの日、産毛が生えてきた。母としてやるべきことが見えた瞬間
- KJ

- 1月22日
- 読了時間: 3分

ー不安に支配される毎日から、「母として動く」決意へー
脱毛の原因はひとつではないと気づき、私は次のような点を洗い出しました。
日本への本帰国による 生活環境の大きな変化
気候や季節の違いによる 身体への負担
睡眠時間・睡眠の質の低下
外遊びが減ったことによる 運動量の不足
食事内容や食事の時間の乱れ
新しい学校・人間関係による 無意識のストレス
母親である私の不安や緊張が、娘に伝わっていた可能性
「これかもしれない」
「これも影響しているかもしれない」
そう思えることが、いくつも重なっていました。
ー「原因はひとつじゃなかった。脱毛と向き合い、私が最初に変えたこと」ー
ショック、恐怖、未来への不安、心配――娘の脱毛が始まってからの私は、
毎日そんなネガティブな感情に襲われていました。
気づけば、娘の前でもどこか悲しい表情をして、
何度も何度も脱毛した部分を確認していたのです。
けれど、「脱毛の原因はひとつではない」と気づいたことで、
私は大きく考え方を変える決意をしました。
これ以上、不安な気持ちのまま娘と向き合うのではなく、
母親としての行動を改めようと。
まず私がやったことは、「原因探し」を感情ではなく、
生活そのものから見直すことでした。
生活環境の変化、睡眠、運動量、食事――思い当たることを一つひとつ書き出し、
「これが悪い」と決めつけるのではなく、ひとつずつ整えていくことを選びました。
同時に、「私が治す」と力強く言ってくれた母が、
毎日娘のために時間を使い、
あるメソッドを取り入れた施術を始めてくれました。
原因を探り、生活を見直すこと。
そして、母の知識と経験に基づいたケア。
その二つが重なった頃――止まらなかった脱毛が、少しずつ落ち着き始めたのです。
ある日、ふと頭皮を見ると、そこには小さな小さな
「髪の毛の赤ちゃん」が生えていました。
あの瞬間の安堵と希望は、今でもはっきり覚えています。
「ちゃんと、身体は応えてくれる」
そう感じた、最初のサインでした。
ー次回予告ー
小さな産毛が生えたあの日、私は初めて
「もしかしたら大丈夫かもしれない」と思えました。
そして同時に、母が当たり前のように行っていたその施術とメソッドに、
強く惹かれている自分に気づいたのです。
「この方法を生み出した人は、どんな人なんだろう」
娘の変化は、私の人生の方向まで動かし始めていました。
次回は、母の師匠であり、女性と子どもの脱毛症を40年以上も研究し続けてきた
“ある人物”に、私が強く興味を抱き、会いたいと
願うようになるまでのお話を書いていきます。



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